ベトナムの村の集会所「ディン」とは


山崎
  こんにちは、山崎千佳子です。 

ソン  こんにちは、ソンです。山崎さんは、ベトナムの「ディン」を知っていますか?

山崎 ディン?全く見当もつかないんですが、何でしょう?

ソン ディンは漢字で書くと、亭主の「亭」で、ベトナムの各村にある集会所のことなんです。

山崎 集会所のことは聞いたことがあります。1つの村に1つずつあるんですよね?

ソン そうです。その村に住む人たちの精神面での結びつきを象徴するものと言えます。そのディンをテーマとした写真展が、8月末にハノイで行われました。

ベトナムの村の集会所「ディン」とは - ảnh 1
世論の注目を集めた「ディン」の写真展(写真:vietnamnet)

山崎 今日のハノイ便りはそのディンについてですね。

ソン はい。ベトナムの社会単位を表すものとして「村」があります。ラン(Lang)と呼ばれるもので、いくつかの集落から成っています。ベトナム人にとって、生活共同体の基本である村は、人と人との心を結びつける強力な接着剤のようなものと言えるかもしれません。

山崎 ベトナムの村というのは、どんな感じですか?やはりそれぞれで違うんでしょうか?

ソン 大体、似ていると思います。集落の周りを塀と溜池で囲むのが一般的です。集落の入口には門を設けるという閉鎖的な構成に特徴があります。

山崎 村にあるディンは集会所ということですが、何かの集まりに使うんですよね?

ソン はい。集まりにも使いますし、祭礼にも使われます。集会所でもあって、村の先祖や守護神を祀るお堂でもあるんです。村の中心的な存在で、村には必ずディンがあります。

山崎 村の象徴なんですね。どんな建物ですか?

ソン 建築物としても特筆すべきものが多いと思います。村で最も古くて立派な建物は、ディンであることが多いです。集落のシンボルとして造られるため、通常の家屋と比べて規模が大きいです。

山崎 造りは普通の家とは全然違いますか?

ソン そうですね。板張りの床が高く、舞台のようでもあります。

山崎 先ほど、村には必ずディンがあるという話でしたが、例えばハノイのような都市にはないですよね?見たことがないんですが。

ソン 都心部にはないですが、郊外にはありますよ。生活がどんどん近代化されている今は、伝統的な文化が薄れていったりしますが、村の人たちが集まるディンを守って、村という意識を大切にすることが、文化を守ることにつながると思います 。

山崎 8月末に行われた写真展では、ベトナム各地のディンを撮影したおよそ100点が展示されたそうです。ディンバン村、テイダン村、ドンキー村といった場所の有名なディンの建築的要素と彫刻の美しさが表現された写真でした。

ソン 写真展を訪れた人たち、建築の専門家も一般の人もいましたが、みんな数百年の歴史を持つディンの建物とそこに刻まれた細かい彫刻に驚いていました。ここで、ベトナムで最も美しいと言われているディンをご紹介しましょう。

山崎 どこにあるんですか?

ソン ハノイから北に20キロのところにあるバクニン省のディンバン村のディンです。1700年に建築が始まって、1736年に完成しました。ディンには、村の守護神として山の神、水の神、地の神が祀られているほか、村を創ったとされる6人も開拓の神として祀られています。

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ディンバン村のディン

山崎 36年かけて造られたというのはすごいですね。具体的にどんなディンですか?

ソン 幅20メートル、奥行きは14メートル、高さ8メートルと、正面から見ると横にかなり長いのが特徴的です。拝殿としての社殿と守護神を祀る本殿から成っていて、上から見ると工事の「工」の形をしています。このディンの床は地面から70センチのところにあって、高床式となっています。

山崎 もう一つの特徴は屋根ということですね。屋根部分の高さが5.5メートルと非常に大きく、建物の高さの3分の2を占めているということです。屋根の四隅は優雅にカーブして反り上がっているため、とても目立つようです。

ソン 屋根を支えているのは、直径55センチから60センチメートルの60本の柱です。リムという木でできている柱ですが、このリムはキクイムシも食わないというほど頑丈なものなんです。ベトナムで価値ある建築物の主な資材として使われていました。

山崎 ディンの内部というのは?

ソン 手前にある社殿の中央は煉瓦敷きの土間になっています。土間の左右には、70センチメートルぐらいの高さのところに二段から成る板張りのスペースがあります。ここで集会などが行われます。上の段には年配の人やいわゆる位の高い人が座ります。下の段には、若者などが座るようになっています。

山崎 集会所として機能を果たす場所ですね。奥の本殿、神様を祀っているところはどうなっていますか?

ソン 本殿の正面には、祭壇があります。そして、建物の前の庭は広々としたスペースがとられています。ディンの門の近くには、風水の考えから大きな半月形の池が配置されています。

山崎 風水も取り入れられているんですね。先ほど写真展の話題が出た時に、ディンに施されている彫刻も見逃せないということだったんですが、どんな彫刻なんですか?

ソン はい。特に、このディンバン村のディンは、精緻なレリーフで有名です。建物の中に、龍と鳳凰を含む4つの霊獣、これは“れい”に“けもの”と書きますが、そのめでたいと言われる架空の動物や、松、竹、刀などの細かい彫刻がふんだんにあるんです。

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ディンバン村のディンで彫刻された龍

山崎 数で言うと、どれぐらいあるんでしょう?

ソン 彫刻の種類は28種類あって、特に龍は500以上の彫刻があります。それぞれの彫刻は、王様の権威を示すものであったり、農民たちの豊作祈願を表しています。社殿中央の土間付近には、8頭の馬が浮き彫りされていて、見事な作品と評されています。

山崎 美術に興味がある人にはたまらない建物でしょうね。

ソン そうですね。ディンには、ベトナムの代表的な建築と彫刻が取り入れられていると言われています。

山崎 ベトナムの伝統的な建築を研究しているグエン・キーさんは、ディンには神が祀られているが、村の集会所ということから、厳かというよりは親しみやすさがあると話します。

(テープ)

「各村のディンだけでなく、寺や神社などにはベトナムならではの建築と彫刻が見られます。寺はディンより数百年前にできて、仏教的な建築要素を持っています。ディンが誕生したのは15世紀ごろですが、現在残っているディンは先祖の素晴らしい発想と手法を証明していると思います。農民たちの日常生活を再現する彫刻も自然にディンに施されていて、権威というものとは疎遠な感じがします。」

山崎 ディンの保存を目的に設立されたグループ「ベトナムの村のディン」も、ディンに対して、同じ雰囲気を感じているようですね。先祖と神を祀るところとして神聖なものではあるけれども、集会や祭りなども行われるため、地元の人にとっては、懐かしく温かい家のような感じだそうです。そういったことから、ディンはその大きさは関係なく、村で一番大切な施設ということです。

ソン 残念ながら現代社会では、閉鎖的な村という形は変わりつつあります。それに伴って、ディンの役割も変わって来ています。実際に集会所として機能することなく、代わりに文化遺産として観光客を呼び込んでいるディンは少なくありません。

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ディンを体験するグループ「ベトナムの村のディン」のツアー

山崎 こうしたことから、グループ「ベトナムの村のディン」は、多くの人にディンの本来の目的を知ってもらおうと、8月末の写真展を開いたということです。グループの担当者(グエン・ドゥック・ビン)の話です。

(テープ)

「ディンはもともと、共同体である村が建てた建築物です。今回の写真展で、施設としてのディンが忘れられているだけでなく、そこで受け継がれてきた文化的な習慣なども消えかけていることを言いたいのです。私たちは、村の集会所としてのディンの役割を復活させたいと思っています。村の人たちがディンで集まって休憩したり、話をしたりするなど、住民としてのつながりを昔のように強めてほしいんです。」

山崎 長期間にわたった戦争によって壊されたディンもあれば、正しくない保存と修復方法によって、本来の美しさが失われたディンもあるということです。それでも、ほとんどの村にはディンがあって、その村の象徴になっています。 先ほども話を聞いた、ベトナムの伝統的な建築を研究しているグエン・キーさんのコメントです。

(テープ)

「“村が残れば国も残る。村がなくなれば国もなくなる”とよく言われています。ディンと寺はその村の精神を表しています。村がある限り、ディンや寺も存在し続けます。そういったシンボルを壊そうとする人はいません。誤った保存や修復をされているディンの話も聞きますが、昔からそこにあるディンの生命力のようなものを信じたいと思います。村の魂はディンにあるのです。」

山崎 ベトナム独特のディン。過去のものにはならないでほしいですね。では、おしまいに一曲お送りしましょう。「~」です。

(曲)

「~」をお送りしました。

今日のハノイ便りは、ベトナムの村の集会所、ディンについてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。


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