山崎 こんにちは、山崎千佳子です。
ソン こんにちは、ソンです。先週のハノイ便りは、ハンチョン版画についてお伝えしました。今日は、ベトナム中部のシン版画をご紹介しましょう。
山崎 ドンホー版画から始まって、ハンチョン版画、シン版画ですね。版画シリーズが続くんでしょうか?
ソン どうでしょう(笑)?楽しみにしてください。ベトナムでは版画を制作する地域が結構あるんです。今日ご紹介するシン版画は、シン村というところで作られています。
山崎 シン村はどこにあるんですか?
ソン ベトナム中部、トゥアティエン・フエ省の省都が古都フエなんですが、フエの中心部から東へ9キロのところにあります。
山崎 シン版画の制作は、いつぐらいから始まったんでしょう?
ソン シン村のお年寄りによりますと、ベトナム最後の王朝、グエン朝時代に、ベトナム北部からフエに南下して来た人の中に、版画職人がいたそうなんです。その職人が木版画制作をシン村で始めて、シン版画が生まれたということです。
山崎 ということは、シン版画はドンホー版画やハンチョン版画と似ているんですか?
ソン そうですね。2つの版画と同じように、シン版画も木版で印刷しますし、色の原料は、海岸や沼地の貝殻や植物などから取れる自然のものです。
山崎 シン版画ならではの特徴はありますか?
ソン 使われる主な色は、青または緑、赤、黄、白、黒の五色です。これは、五行思想、五行説から来ていて、それぞれの色は木・火・土・金・水を表すものとされています。
山崎 なるほど。自然哲学の考えですね。シン版画職人( Nguyen Huu Phuoc) の男性が、色付けについて話しています。
(テープ)
「1番難しい工程は、自然素材から色を作ることです。シン版画には5つの色がありますが、一つの色を塗ってから、それが乾くまで待つんです。乾いてから、他の色を塗っていきます。」
山崎 丁寧な作り方ですね。他の制作工程は、他の版画と同じですか?
ソン はい。ハンチョン版画と大体同じです。絵の輪郭、線を木版画で印刷した後に、その中を色で塗っていくんです。
(テープ・現場の音)
山崎 (コメント)
ソン シン版画の色付けをする筆は、パイネップルの根っこから作られたものです。根っこが乾くまで干して、皮を剥いて、中身を筆のように使います。
山崎 道具も自然のものですね。
ソン そうです。そして、それぞれの版画のテーマなんですが、前回のハノイ便りでもお話しました。
山崎 はい。ドンホー版画は日常生活に関する故事、昔あった事柄や民話などがテーマになっています。ハンチョン版画は、神社にある虎や鯉など魚や花鳥画が多くなっているということでした。シン版画のテーマは何でしょう?
ソン 礼拝など信仰活動に使われるものになっています。
山崎 と言うと、ハンチョン版画とシン版画は同じように使われているということですね?
ソン そうです。2つとも、祭祀・礼拝に使われます。特にシン版画は、一族や一家の繁栄や安泰、幸せ、平和な生活を望む民間信仰を反映させたものと言えます。
山崎 フエ市に住む男性( Nguyen Van Tien)の話です。
(テープ)
「フエ市民は、シン版画を信仰に使っています。版画を祭壇に置いて、祈りを捧げます。そうすれば、悪いことは起こらない、と安心できるんです。」
山崎 シン版画は、主に3つの種類に分けられるそうですね。
ソン はい。神様を描いたものと、物をテーマにしたもの、そして、動物を描いた版画の3つです。
山崎 神様をテーマとした版画はどんなものですか?
ソン 一家の主人を守る神様、又は、家族の一人一人を守っている神様が描かれています。
山崎 一家の主とその他の家族の神様は違うんですか?
ソン 同じか別かは、その家々の考えによって違いますが、フエの人たちは旧正月のテトにこれらの版画を買って、家の壁に貼ります。年末になると、供養のためにその版画を燃やして、また新しいものを用意します。
山崎 なるほど。よく店先で紙を燃やしているのを見ることがありますけど、あれも供養の1つなんですよね。
ソン そうです。多分それは、お供え物の紙のお金だと思いますが、同じように、年末に版画を燃やすことで、それが神様に届くとベトナム人は信じているんです。
山崎 物をテーマにした版画は、どんなものになりますか?
ソン 竜や寿という漢字が模様になった神様の衣服や、弓などの武器がモチーフになっています。
山崎 そして、動物はどんなものが版画に描かれるんでしょう?
ソン 干支の十二支の動物や、牛、水牛、豚、馬などの家畜です。動物の版画を掛けていれば、家畜を病気から守ることができると考えられています。他に、象や虎をテーマとした版画もありますが、これは自宅でなく神社で供養します。人間の生活で害にならないように、という思いが込められています。
山崎 それぞれに意味があるんですね。
ソン そうなんです。ベトナム民間版画のコレクターである女性( Nguyen Thi Thu Hoa) の話です。
(テープ)
「シン版画は、お祈りのための版画と言えます。ベトナム中部の人は、生まれた年の干支を祀る習慣があります。家族全員が日々、無事にいられるようにという願いからです。シン版画は日常生活に欠かせません。昔は、過酷な自然条件の土地に移住する人は、神様を頼りにしていました。それが、シン版画に反映されています。」
ソン 現在でも、フエの人にとって、シン版画は欠かせないものとなっています。
山崎 フエも厳しい自然条件だからですか?
ソン そうですね。ベトナム中部は台風や洪水など自然災害も多いですし、フエだけでなくて、フエ近郊を開拓した人たちにとっては、重労働だったと思います。
山崎 それを癒してくれた、神様とつながるものだったのが、シン版画だったんですね。では、おしまいに一曲お送りしましょう。「~」です。
(曲)
「~」をお送りしました。
今日のハノイ便りは、シン版画についてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。