ベト(越)族の民間文化の独自性は民謡「クァンホ」や「カチュー」、「ビーダム」や伝統歌劇「チェオ」、「トゥオン」、そして水上人形劇(ムア・ゾイ・ヌオック)などに表れていますが、「チェオ」や「カチュー」、水上人形劇はベト族の文化色豊かな文芸公演であるとみられます。
水上人形劇はベトナム民俗芸能の一端を担っています。水面を舞台に見立て、背後で人形を操る動きはライトアップや花火などの効果により魅力的な公演をつくってきました。劇団は村ごとの職能組合で、それぞれ独自の「約束ごと」によって活動し、国の建設事業や農民の日常生活などが劇のテーマとなっています。民族学博物館のホアン・ミン・グエットさんは次のように語りました。
(テープ)
「世界には様々な種類の人形劇がありますが、水上人形劇はベトナムにしかありません。これはおよそ11世紀の頃にベトナムの農民達が自然環境と農耕生活の基盤を利用して創造した芸能です。人形劇には獅子舞、仙女の舞、魚釣りなどの演目が披露されます。操り師は水上に設置された屋根つきの舞台の後ろに身を隠しながら、人形を操ります。」
ベトナム水上人形劇は、ベトナム北部の伝統的な舞台芸術であり、11世紀頃からホン川(紅河)デルタ地域の稲作 を中心とした農村で演じられてきました。ハナム省ズイティエン県のDoiパゴダに建てられた漢文の歴史的記念碑には、1121年のリ王朝時代に水上人形劇が王の長寿を称えて初めて宮廷で上演されたと記されています。人形劇研究者のグエン・フイ・ホンさんは次のように語りました。
(テープ)
「水上人形劇は北部の民俗芸能です。昔は人形劇ではなく、地方の娯楽ジエン・チョと呼ばれていました。ベト族は稲作を営むことから、池が多い所に住んでいました。それで水上人形劇を創造したのです。」
水上人形劇は祝日や旧正月テト、村の祭りによく上演されます。水面上に設置された舞台は華やかに飾られます。また、人形は、水辺に植えられたいちじくを材料として作られたものです。ベトナム北部では、いちじくはとても貴重な樹木で、若葉は豚のエサ、果実は魚のエサとなったり、塩漬けされて農民の食卓にのぼります。いちじくの幹が5~6年で直径20~25センチになると、人形を彫るのに使用されます。人形の大きさは 30~100センチ、重さは1キロから5キロで、一座の職工が製作にあたるため、劇団ごとに姿・形・衣装が異なっています。
北部ナムディン省の水上人形劇団のグエン・バン・コエさんは次のように話してくれました。
(テープ)
「水の中で人形を操るので、カジやヒモなどの仕掛けがよく見えなくて、人形遣いは難しいです。また、ヒモは数十本あるため、操り師はよく覚えなければなりません。更に、操り師は長時間水につかり人形を操るため、体力があり、寒くない良い天気に恵まなければなりません。そして、池の水が少なすぎても多すぎても公演になりません。」
水上人形劇の舞台は池や湖の真ん中に設置され、農村部の集会所を模っています。かしこまった雰囲気とは無縁なところが水上人形劇の面白さとみられていて、タイコ腹のおじさんやなんだか微笑ましい仙女の姿、爆竹の匂い、民族楽器の威勢のいい響きなど、どこか懐かしくて温かみのある「水上人形劇ワールド」は、昔から続くその姿を今に伝えています。