山崎 こんにちは、山崎千佳子です。
ソン こんにちは、ソンです。
山崎 今日のハノイ便りは、ベトナム戦争に参加した元アメリカ兵がボランティアで開いている英会話教室についてということなんですが、ベトナムで英会話教室を開いているんですか?
ソン そうです。
山崎 率直に言いますが、昔、戦いに来たところをまた訪れるのは、抵抗がなかったんでしょうか?
ソン そうですね、戦争に関わった人たちの心理的な後遺症についてはよく言われていますよね。ベトナム戦争が終わってから40年経った今でも、肉体的、そして精神的な傷跡に苦しむ元アメリカ兵も多いようです。
山崎 そんな中で、ベトナムに戻ってきた人がいるんですね。
ソン そうなんです。今日、ご紹介するのは、ポール・ジョージ・ハーディングさん、67歳です。ハーディングさんは、逆に、昔の戦場だったベトナムで、ベトナム人を何らかの形で助けたいと考えました。そしてそれによって、精神的な苦しみから解放されたということなんです。
山崎 ハーディングさんの経歴をご紹介しましょう。ポール・ジョージ・ハーディングさんは、1969年、アメリカ空軍のパラシュート兵としてベトナムに送りこまれました。ベトナム中部のビンディン省とラムドン省で1年間、戦闘に参加した後、退役を願い出たそうです。この戦争が、ただいたずらに傷つけ合い、ベトナム人にもアメリカ人にも大きな損失をもたらしているだけではないかと思うようになったからだそうです。
ソン アメリカ兵に撃たれ、身元が識別できないほどになった男性の死体。その傍らに座る子供の姿は一生忘れられないとハーディングさんは言います。「自分の子供が生まれてからは、その光景がさらに苦痛となった。親として子供には絶対に見せたくないシーンだった」と話します。
山崎 ベトナムから引き揚げ、アメリカでベトナム反戦運動に積極的に参加したことで、多少はその心の痛みも軽くなったそうです。でも、ベトナム戦争が終わっても、その重い感情は生活の一部として常にあったといいます。ベトナムに戻って、自分のやったことを償いたいというのが、ハーディングさんの長年の思いでした。
ソン そんなハーディングさんをずっとそばで見ていた奥さんと4人の子供たちは、ハーディングさんをベトナムへ送り出してくれました。同じ元アメリカ兵の友人達も応援してくれたそうです。
山崎 半世紀近く抱えていた思いを胸に、2014年 10月10日、ハーディングさんは、ベトナムに戻ってきました。しかし、具体的に何をすればいいのか、わからなかったということです。
ソン まず、大抵の外国人観光客がするように、ハノイ市内の観光ツアーに参加しました。旧市街や文廟、国立図書館などを訪れました。こういった観光スポットで、ハーディングさんは多くのベトナムの若者たちを目にします。外国人観光客と話すことで、英会話の勉強をする若者たちです。
山崎 そして、二つのことに気付いたそうです。ベトナムの人々が敵として戦ったアメリカ人を憎むどころか、親切に扱うこと。もう1つは、ベトナム人の英語学習熱、特に英会話を学びたいと思う人が多いことでした。
発声練習を丁寧に教えているハーディングさん
ソン そこで、英会話教室を開くことをハーディングさんは考えます。すぐに行動に移したハーディングさん。一週間後、カフェで英会話レッスンを始めます。わずか4人の生徒でスタートした英会話教室でした。
山崎 丁寧に教えてくれると評判のハーディングさんの英会話教室は、大人気となりました。ハノイ市カウザイ区チュンホア地区の行政府が提供した会議室で、現在、週8回行われる英会話教室におよそ400人が参加しています。ハーディングさんの話です。
(テープ)
「生徒たちはとても熱心です。ベトナムでの英語学習の需要には驚きました。教室はもちろん、レッスンの申し込みに私の住まいを訪れた人も結構います。勉強したい人は大勢いるのに、教室が1か所しかないのは歯がゆいです。」
山崎 英会話教室を始めてから、この半世紀持ち続けていた戦争への思いは、だんだん薄れてきているそうです。ハーディングさんは「ここでは自分の年金で生活できているので、ここの人たちが私を必要とする限り、アメリカに帰るつもりはない」と話します。ここで、一曲お送りしましょう。 「〜」です。
(曲)
「〜」をお送りしました。
ソン ハーディングさんの英会話教室が大人気なのは、料金がかからないということだけではありません。ハーディングさんのその熱意が人々を引きつけます。
山崎 教室の生徒は、5、6歳の子供から70歳を過ぎたお年寄りもいるそうです。72歳のター・クアン・ティエップさんは、家から教室まで15キロもあるということですが、これまで自分のクラスの授業は1回も休んだことがないそうです。
(テープ)
「先生はとても熱心で、家族のように生徒に接してくれます。教え方もわかりやすいです。こんな暑い中、1日に2、3回授業があってかなり疲れると思いますが、いつも笑顔なんです。」
熱中に教えているハーディングさん
山崎 ハーディングさんは、生徒の発音を細かくチェックします。一人一人が正しく言えるまで指導します。恥ずかしがりやの生徒でも大きい声で英語を話したくなるようなレッスンを心がけているといいます。
ソン 金融関連の大学に通う学生は、ハーディングさんの楽しい雰囲気の英会話教室のおかげで、英語はそんなに難しくないと思えてきたようです。
(テープ)
「今まで勉強してきた英語は、文法が主なものでした。会話は苦手でした。2ヶ月間ハーディング先生に習っていますが、自分の発音が良くなってきたと思います。もう少ししたら、自分の英語はもっと良くなると思っています。」
ソン ハーディングさんは、授業がわかりやすくなるように、身近なテーマを使って英語を教えています。よく取り上げられるのが、ベトナムの歴史です。ハーディングさん自身が、長年、ベトナムの歴史を研究しているからです。英会話教室の生徒、ハノイ国家大学外国語大学の学生は次のように話します。
(テープ)
「先生はベトナムの歴史をテーマとする英語教育を実践していると思います。年齢を問わず、ここの生徒たちはみんな、関心のあるテーマなので、授業に身が入ります。テストにも、歴史問題が出ます。例えば、5月7日のディエンビエンフーの戦いの記念日などを題材とした意義深い問題などは印象に残っています。」
ソン 英会話教室への申し込みが増える中、ハーディングさんはボランティアの英語教師を集めて、他の場所で新たな教室を開くことを考えています。ハノイでボランティアの英会話教室のネットワークを作ることも視野に入れています。
山崎 そして、ハーディングさんが1番かなえたい目標は、昔の戦場であるビンディン省とラムドン省で英会話教室を開くことだそうです。「自分が直接被害をもたらした人々に英語を教えるのが夢」と話します。
ソン ハーディングさんの活動は、いまだ戦争の後遺症に苦しむ人の希望となりますね。
山崎 そうですね。こういった話題は、積極的に伝えていきたいですね。
では、おしまいに一曲お送りしましょう。「~」です。
(曲)
「~」をお送りしました。
今日のハノイ便りは、ベトナム戦争に参加した元アメリカ兵がボランティアで開いている英会話教室についてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。