ベトナムの社会単位を表すものとして「村」があります。村には必ず「ディン（Dinh）」と呼ばれる集会所があります。集会所でもあって、村の先祖や守護神を祀るお堂でもあるディンは村の中心的な存在です。しかし、都市化が進む背景の中で、ディンの役割は薄れてきています。そのため、ディンの保存・存続は差し迫った課題となっています。

最も美しい「ディン」とされるディンバン村の集会所

ベトナムの村はラン(Lang)と呼ばれ、いくつかの集落から構成されています。ベトナム人にとって、生活共同体の基本である村は、人と人との心を結びつける強力な接着剤のようなものと言えるかもしれません。中でも、村の集会所ディンは村人が集まる所であり、村の先祖や守護神を祀るお堂でもあるので、そのイメージは村の象徴としてベトナム人の心に刻まれています。

こうしたディンは建築物としても特筆すべきものが多いです。村で最も古くて立派な建物は、ディンであることが多いです。集落のシンボルとして造られるため、通常の家屋と比べて規模が大きいです。また、造りは普通の家とは全然違います。板張りの床が高く、舞台のようでもあります。ディンには建築面での価値と建物に施された彫刻の美術的価値があります。

しかし、現代社会ではディンの集会所としての役割が薄れてきていること、そしてディンの誤った保存や修復方法も問題となっています。そのため、近年、ディンを守る活動も徐々に社会の関心を集めています。ベトナムにある多くのディンは国の文化遺産として、政府がきちんと保存のための修復活動をしています。また、外国からの援助も募っています。例えば、ベトナムで最も美しいと言われている北部バクニン省トゥソン町にあるディンバン村のディンは、２０００年に日本のJICA国際協力機構や昭和女子大学などからの支援によって、大掛かりな修復がされました。

しかし、伝統的な文化遺産を保存・開発するためには「みんなできちんと守っていこう」という意識がとても重要です。遺産の保存に対する人々の認識がなにより大事です。実際、多くの村では、そこに住む人たちの募金でディンが修復されています。また、その意識を広めていこうといういくつかのボランティアグループができていて、社会の注目を集めています。

グループ「ベトナムの村のディン」の見学ツアー

その中で、2014年５月に、ディンに関心を寄せる人たちのグループ「ベトナムの村のディン」が誕生しました。インターネットのソーシャルネットワーク、フェイスブックで出来たこのグループは、最初は数百人のメンバーがいましたが、現在は1万6千人以上にのぼっています。

初め、グループのメンバーは、美術や彫刻、建築、遺跡保存などに関わる人でした。ディンに関係する専門家の集まりで、ちょっとした意見交換の場でした。今は、フェイスブックの効果でいろいろな分野の人が参加しています。この「ベトナムの村のディン」というグループ名が有名になっていて、メンバーが増えています。年齢や仕事も様々ですけど、みんな、ディンを守るという意識が強いです。グループを作った美術研究家のグエン・ドゥック・ビンさんは次のように話しました。

（テープ）

「当グループには幾人かの研究者がいます。その中で、チャン・ハウ・イエン・テさんとチャン・チュン・ヒエウさんはグループの担当者です。チャン・チュン・ヒエウさんは建築家で、幾人かの研究者と協力して、村の集会所「ディン」に関する本や、仏教に関する本、寺院に彫刻された模様に関する本などを出版しました。一方、チャン・ハウ・イエン・テさんは、ディンや寺院の門の前によく置かれる「ゲー」というマスコットの研究者で、多くのディンや寺院でこのマスコットを復元しました。これから、当グループは、研究活動を進めてゆく方針ですが、中でも今年、「ベトナムの村の集会所」に関する本を出版する計画です。」

「ディン」をテーマにした写真展で展示された写真

グループ「ベトナムの村のディン」のメンバーは、自分の知っているディンがぼろぼろになっていることや、誤った保存方法で本来の価値を失っているディンをフェイスブックに載せます。こうした情報が掲載されると、グループの何人かが直接その現場へ行ってそれを確認します。情報が正しければ、それを国や地方行政府などの関連機関に知らせるという活動方法です。メンバーには報道機関の記者たちも多いので、ディンの現状をテーマとした彼らの記事は大きな反響を呼んでいます。

それから、このグループは、ツアーも企画しています。有名なディンはもちろん、あまり知られていないディンも訪れています。最初のツアーは数十人の参加者でしたが、最近は１００人以上が参加するそうです。ツアーでは、ディンの建築や彫刻に詳しい専門家を呼んで、そのディンを説明してもらうとももに、訪れた村の民謡や踊りも楽しめます。

「ディン」で披露される民間芸能の研修会

そして、このグループはディンの保存や開発をテーマにした写真展やセミナーの他、ディンでよく披露される民間芸能の研修会や講演会なども行っています。ハノイ旧市街管理委員会のチャン・ティ・トゥイ・ラン副委員長は次のように語りました。

（テープ）

「「ベトナムの村のディン」グループはハノイ旧市街管理委員会と協力して多くのイベントを行っています。また、このグループはこの数年、レー王様の偲ぶ社の祭りの開催も手伝ってくれています。そして、男性用の伝統的アオザイを保存するため、セミナーやアオザイのショーもやっています。これからも、ハノイ旧市街管理委員会と「ベトナムの村のディン」グループは伝統文化の保存・開発を進めるために、様々な活動を行ってゆきます。」

グループの創設者ビンさんは、これからも、ディンがある地元の人たちの参加を呼びかけて、ディンを守るという意識を現地で育てていきたいということです。村の人たちの心をつなぐ役割を担ってきたディンは依然としてベトナム社会で重要な存在であり続けるでしょう。