ベトナムの中部高原地帯タイグエン地方は、エデ族、バナ族、ジャライ族など、様々な少数民族が住んでいます。ここは、この地方独特のドラとシンバルの演奏や水牛のいけにえ祭り、口うつしに伝えられた口承叙事詩のベトナムでの発祥地です。史実を伝える叙事詩は、歴史的には、古代エジプの大作「イリアス」やインドの「マハーバーラタ」がよく知られていますが、ベトナムでは70年前にフランス人の学者がタイグエン地方のエデ族の叙事詩「ダムサン」を発見しました。さらにこの地方では、バナ族、ジャライ族、ミノン族の叙事詩が相次いで発見されています。それらは、タイグエン地方の少数民族の風習や英雄の姿を描いたものです。
(テープー史詩を歌う声1)
タイグエン地方では、村の祭りや行事が行われる際、語り部がその叙事詩をひもときます。夜になると、人々は火の回りに集まり、自らの村の歴史や日常生活の物語に引き込まれます。
「息子たちよ、娘たちよ、遠いところからここに来て、火の光に寄り添ってくれ
老婆は男女の恋物語を語ろう」
語り部は、座ったり、横になったりしながら、昔から口うつしに伝えられた叙事詩を語り続けます。静かな闇の空間で、火の光の中で、その声はタイグエン地方の森の中に響き渡ります。
(テープー史詩を歌う声2)
叙事詩は、いくつのも時代を超えて、口伝えに受け継がれてきました。一つの物語が4、5日の間、毎晩、連続して、語られます。語り部は、その内容によって、語り、歌います。演出家でもある彼らは、役者や歌い手であり、プロデューサーでもあるのです。タイグエン地方の叙事詩は、その語り部の声を通じて、非常に魅力的なものとなり、聞き手の心に深く訴えることができるのです。エデ族の叙事詩「ダムサン」の一部です。
「昔、ダムサンという賢い男がいた。ダムサンは優しく美しい女と結婚した。女の肌は花のように白く、女が歩く時、東の男も西の男も女の方に向かった。」
タイグエン地方では、数百にものぼる叙事詩が発見されてきましたが、語り部の数は少なくなっています。ベトナム政府は、これらの叙事詩を保存して、各国に紹介する方針をとっています。この10年で保存作業への投資は200億ベトナムドンにのぼりました。叙事詩は、現地の祭りで語り、歌われるだけでなく、ベトナム各地の学校や各種フェスティバルでも紹介されています。タイグエン地方のドラとシンバル演奏がユネスコの世界無形遺産として認定されていますが、近い将来、この叙事詩も無形遺産に登録されることが期待されています。