ハノイの郊外にはウンホァ県、チュア村があり、数多くの詩人や詩を朗読する者が集まる地とされています。やさしいダイ川沿いにあるこの村の人々は一年中、農作業に従事していますが、文学芸術にも魂を込めています。村の門には「望自入出」すなわち、「漢字を見て、村に入り、出る」という意味です。チュア村に住む80歳の老人、グェンヌォさんは次のように語りました。
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「我が村のご先祖は「「望自入出」という4つの漢字を残しました。その文字の意味は本当に素晴らしいです」
チュア村の人々は詩を愛するだけでなく、詩の意味を道徳子孫の世代にも教えています。この村を訪れるならば、村の沿道の壁にかけられた詩の絵を眺めることができます。詩の絵は諺のような内容を持っています。「食べない限り、歩けない。学ばない限り、生きる道は見つけられない」あるいは「木と草は地面だけでなく空も必要。人は穀物だけでなく夢も要る」などの詩です。詩は時とともに、村の人々の心に徐々に解け込んできました。チュア村の詩人協会の会員であるグェンスァンスンさんは次のように語りました。
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「村で公開された詩の絵は全ての世代が文化的な生活をするように教育的な意味を持つものです。これまでに、村の詩集の中から生き方や考え方を指針とするの詩25編が選ばれました」
詩はチュア村の人々が生活する上で欠かせない一部となっています。チュア村の人々ならば誰も詩を創ったり詩を朗読したりします。小さな家から堤防の先まで、どこでも詩朗読会が開かれます。村の人々は数千もの詩を作り、6冊の詩集を出版しました。そういう理由で、チュア村は詩の村と言われています。詩の朗読クラブの一員であるグェンザートゥーさんは次のように語りました。
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「我が故郷は「詩の里」と言われていますが戦争時代には一時失くなりました。1982年、詩朗読クラブが再開されました。その時以来、村の人々の詩への愛は募っていて、詩朗読クラブの会員も増加してきます」
チュアー村の詩朗読クラブの会員数は100人で、その中の一番若い会員は女子高校生チュ・チャンさんです。チュ・チャンさんは次のように語りました。
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「私はこのクラブに入会したばかりです。詩を愛するという故郷の伝統を維持したいのです。この間、私は母への詩を創作しました。」
一方、チュア村の詩朗読クラブのゴ・マイン・クォン主任は次のように語りました。
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「我が村の詩は市場で売るためのものではなく、将来の世代を教育するため、創られるものです。毎週土曜日の夜に、故郷の詩朗読放送番組があります。その詩は我が村の一人一人の心に深く染み込んでおり、村の団結心に大きく寄与しています。」
チュア村の詩作は時間の流れとともに、ベトナム農村の村の文化と美しさを作り出すことでしょう。