ベトナム南部メコンデルタに居住している少数民族クメール族は豊かな文化を誇りにしていますが、クメール族の文化に触れるならば、伝統舞踊を抜きにして語ることはできません。その伝統舞踊には、文化価値や社会的価値、美術的価値が含まれていますが、クメール人のアイデンティティであると言っても過言ではありません。
クメール人の舞踊には、庶民の生活の中 から生まれ引き継がれてきた大衆舞踊と、舞台で鑑賞するための舞踊があります。このほかには、信仰行事で踊る信仰の舞いもあります。
大衆舞踊 の一つとして、クメール人のお正月に当たる4月には、村の中を踊りながら練り歩く一座がお り、トロットという舞いを踊ります。その踊りは、前年の厄を払い今年の豊穣を願うものです。狩人が鹿を射止めるという簡単なストーリーが組み込まれ、狩人役と鹿役を中心に 数名の踊り手が、鈴と飾り布をつけた竿をシャンシャンと鳴らしながら歌を歌い、踊りな がら家々を練り歩きます。ベトナム舞踊芸術協会のレー・ゴック・カイン副会長は次のように語りました。
(テープ)
「クメール人の大衆舞踊は、楽しいし、お茶目だし、それにユーモアがあるというのが特徴です。どこの村でも大衆舞踊がよく踊られます。音楽があると、老若男女を問わず、自由な気持ちになって、楽しく踊れるのです。」
トロットのほか、様々な大衆舞踊が沢山あります。例えば、魚獲りの籠や笊を使う様子が踊りのようだといって創作された「魚 獲りの踊り」などです。他にも、日常生活で一般的に使われるココナツを素材にした「ココナツ・ダンス」 や、豊作を願って土地神様のために踊ったという「クジャク の舞い」などがあります。
大衆舞踊に対して、信仰舞踊は信仰行事で踊られるものですが、近年、消滅しつつあります。信仰舞踊を全く踊らない地方もあります。
一方、舞台用の舞踊は今なお保たれており、クメール人の生活の中で重要な存在となっています。先ほどのベトナム舞踊芸術協会のレー・ゴック・カイン副会長は次のように語りました。
(テープ)
「舞台で鑑賞するための舞踊は、ロバム、ズケ、ジケといった3種類があります。その中で、ロバムはロバム歌劇の中で踊られ、最も流行っている舞台の舞踊です。この舞踊は歌劇の物語の内容に沿って踊られます。ロバム用の舞台は決まったデザインで設けられ、その踊りの動作も決まります。ロバムはクメール人の代表的な踊りの一つだと思います。」
舞台用の舞踊では、それぞれに特有の音楽があります。衣装は木綿のシャツに腰に木綿の 1枚布を巻く簡素なものや、地域色の強い独特の織物を身につけています。
クメール人の舞踊は、建築や絵画に緊密につながります。先ほどのカイン氏は次のように話しました。
(テープ)
「舞踊はお寺で舞うのが一般的です。クメール人のお寺には、踊りを踊っている人の彫刻が沢山あります。お寺の壁、柱、屋根など、どこにも踊りを踊っている人の彫刻があります。クメール人のお寺について触れるならば、舞いを踊っている人の彫刻を抜きにして語ることはできません。」
現在でも、クメール人は、舞踊を生活の欠かせない存在として大切にしており、若者を対象にした舞踊教室をよく開き伝統を維持しています。