少数民族コム族の伝統芸能の中で一番有名なのは「トム」と呼ばれる民謡です。歌垣の形で歌われる民謡「トム」は、叙事詩的で、愛情溢れる民謡です。
民謡「トム」はいつでもどこでも歌われますが、村や家族の楽しいイベンドでよく歌われます。そして、それぞれのイベントはそのメロディーが決まっています。例えば、結婚式では、「ドゥオン・クムン」(Duong Kmun)というメロディーがよく歌われるのに対し、新築の祝い式では、「オ・グラン・ミ」(O Grang My)というメロディーです。そして、村のお祭りでは、若い男女たちが結婚相手を探すときによく使われるメロディーで、「旅の歌」という意味を持つ「クン・チョ」(Kun cho)です。特に、お正月にはトムの春という意味を持つ「トム・ムオン」(Tom Muon)のメロディーがあります。
(民謡トムのテープ)
民謡「トム」は2人の歌垣で歌うのが一般的ですが、集団で歌うことも珍しくありません。そして、一人でも歌うこともあります。「トム」を歌うときは、自分の気持ちを相手に示すのはもちろん、畑仕事をするときの疲れを癒すためでもあります。
民謡「トム」の特徴の一つは、竹でできた「ピ・トム」という笛を吹きながら、歌うことですが、楽器も何も使わず、そのまま歌うのも大丈夫です。少数民族の音楽研究者ホアン・タオさんは次のように話しています。
(テープ)
「民謡「トム」の最大の特徴として、その歌詞は作曲家ではなく、歌い手がそのときの気持ち、愛情、楽しさ、悲哀や、夢、希望などを表すために即興で作るのです。悲しいときや悩んでいるときにも、「トム」を歌ってその気持ちを癒します。」
こうした民謡「トム」の内容は、男女の恋愛のほか、家族や村を愛する気持ちの表れが一番多いですが、コム族の歴史や伝説を物語る「トム」もあります。上手に歌うためには、歌い手の声はもちろんですが、その歌詞の役割がとても重要です。歌詞は、歌い手がその場で作るものなので、聞き手を引きつけられるかどうかはその歌詞次第です。しかし、昔から伝わる民謡には「決まり」があります。ベトナム民族学博物館のヴィ・ヴァン・アン博士は次のように語りました。
(テープ)
「昔から伝わってきた民謡「トム」は決まりがあるのが一般的ですが、歌い手の経験や知識によってその歌はメロディーでも歌詞でも変化するところが多いです。それらの歌の内容は、民族の英雄や、村の開墾に貢献した人、コム族の風俗習慣などを物語るものです。」
現在は、昔から伝わってきた歌のほか、現代生活の中で生まれた歌もよく歌われています。この民謡「トム」は親から子へ口承で代々にわたり伝わっています。