(VOVWORLD) -解放された時、長年にわたりフランス植民地主義者の支配に置かれたその時のハイズオンの町は電気も水道もなく、町の至るところがゴミだらけでした。
ハノイから東へ約60キロ離れたところにある北部ハイズオン省の省都ハイズオン市が先頃、第1級の都市として認定されました。今から65年前、ハイズオン省はフランス植民地主義者の支配から解放されました。それ以来、この都市は急速に発展してきました。
解放された時、長年にわたりフランス植民地主義者の支配に置かれたその時のハイズオンの町は電気も水道もなく、町の至るところがゴミだらけでした。また、地元の住民は貧しくて、およそ80%が読み書きができない状態でした。
しかし、地元の行政府の努力と住民の団結により、職業村や陶器生産工場、給水工場、麺の工場などが相次いで建設され、ハイズオン市は当時、北部の4番目の大都市となりました。
現在、ハイズオン市のインフラは急速に整備され、昔の狭い通りは広く拡張されました。大きく変貌したハイズオン市を目撃した写真家バン・カ・クェット ( Van Ca Quyet) さんは次のように語りました。
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「今から15年前に撮影したハイズオン市と比べると現在のハイズオン市は大きく変貌しました。前の写真には高層ビルがありませんが、現在は数多くの高層ビルが出現し、経済社会が発展しています」
解放されてから65年後の現在、ハイズオン市の規模が4倍に拡大されましたが、フランス植民地時代に建てられた建物が保存され、交通運輸局、文化スポーツ観光局など各省庁の施設として利用されています。歴史研究者であるフアム・クイ・ムイ( Pham Qui Mui) 氏は次のように語りました。
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「ハイズオン省の人々について言うならば、かつて、ハイズオン省出身のベトナムの世界文化人であるグエン・チャイが言ったように「ハイズオン省の人は戦時にあっては頑強不屈で、平時においては優しい人々」と言えます。その他、ハイズオン省は向学心が強いというよき伝統があります。現在、ハイズオン省出身の多くの人々は国の発展に大きく貢献しています」
ハイズオン市は第1級都市としての名に恥じない貢献をするため、現在、5つの衛星都市を建設しており、その総面積は1500ヘクタールにのぼっています。ハイズオン市人民委員会のチャン・ホ・ダン( Tran Ho Dang) 副委員長は次のように語りました。
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「ハイズオン市は豊かで文明的、かつ、グリーンな都市に発展させる目標を掲げています。私達はインフラ整備をさらに改善するため投資を引き続き呼びかけます。当面、市民の生活水準の向上に力を入れます」
ハイズオン市の行政府と住民はこれらの目標を遂行するため、日々取り組んでいます。