独立宣言を読み上げたホーチミン主席(写真:infonet.vn)
革命活動において、好機を確定し、そのチャンスを逃さないように勢力を配置するのは非常に重要な意義を持っています。植民地主義者から政権を奪取するために実施された1945年の8月革命はホーチミン主席を始め、ベトナム共産党の正しい指導と好機を掴んだことに成功したと言えます。
帝国主義者と植民地主義者の支配に置かれた世界にある各国にとって、ベトナムの1945年の8月革命は見習うべき手本となりました。2週間足らずで行われた8月の総蜂起はベトナムを支配してきた帝国主義者と封建時代を打ち破って、ベトナム民主共和国を樹立しました。
主体性と団結精神の勝利
1945年の8月革命を行うため、ベトナム共産党は1930年樹立以来、準備を始めました。第2次世界大戦が勃発した1939年、そして、1941年にホーチミン主席が国外から帰国し、ベトナム革命を直接に指導してから、その準備作業は加速されました。1941年、ベトナム共産党中央委員会は民族解放を第一の目標としました。ハノイ国家大学人文社会大学のファム・サン( Pham Xanh) 博士は次のように分析しています。
(テープ)
「1945年8月、日本が連合国に無条件降伏したことは、革命運動を行っていたアジア諸国にとって絶好のチャンスでした。しかし、ベトナム共産党だけがそのチャンスを利用して勝利を勝ち取りました。」
8月革命において、チャンスとは20日間だけでした。これは日本が連合国に無条件降伏した1945年8月13日から連合軍がベトナムで日本軍の武装解除した9月5日までです。もし、8月13日以前、又は、9月5日以後、総蜂起を行なっても成功の可能性はなかったのです。ベトナムの歴史学者ズオン・チュン・コック( Duong Trung Quoc) さんは次のように語りました。
(テープ)
「ハノイで行われた総蜂起が成功してから1週間以内に、中部にある古都フエや南部サイゴンで総蜂起が成功し、全国で政権を掌握しました。これは全国民の統一性と党の正しい指導を示しました。当時、連絡や交通状況は非常に多くの困難であったにもかかわらず、全国各地が一斉に蜂起で勝利しました。」
平時に運用できる教訓
国の建設発展事業と国際社会への参入を進めているベトナムにとって、好機を掴むことに関する8月革命の教訓は昔のままの価値が保たれています。しかし、好機を掴めるように、国内の力を生かして、全国民の統一性がなければできないでしょう。社会科学学院のグェン・バン・ニャット( Nguyen Van Nhat) 博士は次のように語りました。
(テープ)
「ベトナムは国際社会への参入を精力的に進めていることから、あらゆる条件を整える必要があります。条件を整えると、国際社会への参入過程に、多くのメリットを得られるようになるからです。これは8月革命から引き出された教訓です。第2は祖国の建設防衛事業における国際社会から支持を生かすということですが、民族独立と領土保全を確保しなければなりません。ベトナムは国内の力と国外からの支持や支援を生かして、ベトナムを高度、かつ、持続的に発展させなければなりません」
この30年間に実施されてきたドイモイ(刷新)事業を含め、1945年の8月革命以来のこの70年間に収めてきたベトナム成果はいずれも8月革命の偉大な勝利から始まったと言えます。その中で、この革命から引き出された最も大きな教訓はベトナム共産党の指導の下、民族大団結と愛国心を生かして、好機を掴み、革命を行うということです。これは現在の国の建設防衛事業の指南として利用されています。