山崎 こんにちは、山崎千佳子です。
ソン こんにちは、ソンです。
山崎 3週ほどお休みを頂きました。またハノイ便りのお手伝いをさせて頂きます。
ソン はい。よろしくお願いします。
山崎 お願いします。
ソン 山崎さんはクジラを食べたことがありますか?
山崎 ないですけど、いきなりの質問ですね(笑)。ソンさんはありますか?
ソン あります。日本にいた時に、食べました。美味しかったです。
山崎 へえ。クジラを食べるのはベトナムでは一般的ですか?
ソン いえ、食べませんね。クジラを取っていないからです。特に、中部と南部の漁師はクジラだけは絶対口にしないんです。
山崎 何でですか?
ソン クジラは、漁師を守る神様なんです。中部と南部の沿海地域では、クジラを祀る信仰があって、クジラ祭りが一年の最大行事として毎年行われています。
クジラ祭りでのクジラの模型
山崎 クジラを祀る信仰。初めて聞きました。今日はそれがテーマですか?
ソン はい。今日のハノイ便りは、クジラ信仰についてお伝えします。
山崎 いつ頃始まったんでしょう?
ソン 1802年から1945年にかけて存在したベトナムの最後の王朝、グエン朝時代の文書には、クジラ信仰について書かれてあります。
山崎 じゃあ、その辺りから始まった?
ソン もう少し前のようです。ベトナム北部にはその信仰がないということと、ベトナム人が16世紀に国土を南へ拡張し始めたということから、クジラを祀る信仰はその南へ向かう過程で生まれて、16世紀の終わりから17世紀の初めに始まったとされています。
山崎 なるほど。でも、なぜクジラが守り神となっているんでしょう?
ソン 海で遭難した時、好奇心旺盛なクジラが海に投げ出された漁師を岸まで運んでくれたというんです。
山崎 それは実話ですか?
ソン 本当かどうかわかりませんが、漁師たちはその話を信じています。伝説によると、海の神は、クジラに海上での漁師の安全を守るよう言っていたということです。
山崎 クジラは、神様からお願いされていたんですね。
ソン そうです。そこで、船が海で遭難すると、クジラは姿は見せずに奇跡的な波を起こして、船を岸へと向かわせるんだそうです。岸に近づいた漁師がはっと気づくと、明るい波の筋が沖へ向かって延びていくのが見えて、
山崎 「ああ、クジラが助けてくれたんだ」とわかるんですね。
ソン その通りです。
クジラの魂が乗る山車
山崎 命の恩人のクジラを祀る信仰は、漁師たちにとってとても重要というのがわかります。ここで、ホーチミン市郊外のバンラック村にある漁業協会副会長(ファン・ヴァン・チャン)の話です。
(テープ)
「私たちの先祖は、ここに来て漁村を作りました。ここでの1番大切な信仰は、海の神様を祀るものです。その中に、漁師を守る神とされるクジラを祀る信仰があって、クジラ祭りが毎年行われています。この信仰は、私たちの心と体、すべてを作っています。」
山崎 すごいですね。全身全霊を傾けているという感じでしょうか。それだけ大事なものなんですね。クジラ祭りはいつ行われますか?
ソン 地方によって違います。例えば、ホーチミン市郊外のバンラック村では、旧暦の8月16日に行いますが、南部のメコンデルタ地帯にあるバクリエウ省では、旧暦の3月10日になります。
山崎 半年ぐらい違うんですね。どうしてでしょう?
ソン うーん、具体的なことはわかりませんが、地方によっていろいろ言い伝えがあるのかもしれません。
山崎 クジラ祭りは、ベトナム語で何て言うんですか?
ソン Le Nghinh Ongです。Leは祭り、Nghinhは歓迎の迎、Ongは様という意味です。
山崎 様歓迎祭り?クジラという言葉が出てこないですけど、様はクジラ様ということですか?
ソン はい。南部ではクジラをca ongと言いますし、Ongには尊敬の意味があるので、その単語になります。
山崎 クジラ様を迎える祭り、ですね。
クジラの魂を迎える漁船
ソン そうです。その祭りの中で一番重要なのが、クジラを迎える儀式です。港から数百隻の漁船が一斉に沖合へ向かいます。漁師たちは、迎えの漁船が多ければ多いほど、漁獲量は増えると信じています。一番大きな船は、クジラ様を乗せる山車を載せています。
山崎 山車?日本の祭りで使うような山車ですか?
ソン はい。日本のように大きなサイズではないですが、いわゆる山車です。
山崎 で、沖合に行って、どんな儀式をするんですか?
ソン クジラ様を招いて、漁業の安全と漁獲量が増えるようお祈りします。
山崎 お祈りだけですか?例えば海に何かお供えしたりとか?
ソン 船に祭壇を作って、線香をあげたり、供え物をしたりします。儀式の後には、陸に帰って、クジラの魂が乗っているという山車をクジラ神社へ持っていきます。
山崎 クジラを祀る神社ですか?
ソン そうです。ベトナム中南部と南部の漁村には、大体クジラ神社があります。神社は村の集会所でもあります。クジラ神社にはクジラの骨があって、クジラ様の化身とされています。
山崎 へえ。骨は大小さまざまでしょうか?
ソン 例えば、先ほど漁業協会副会長が話をしていたホーチミン市郊外のバンラック村にあるクジラ神社には、長さ12メートルのクジラの骨が置いてあります。
クジラ神社で展示されているクジラの骨
山崎 12メートル。やはりクジラは大きいですね。海から戻って山車を神社に置いた後、また何かあるんですか?
ソン はい。祭礼が行われます。漁師たちにとって、一年で一番大切な集まりとなります。
山崎 神社に戻って、再度お祈りですか?
ソン はい。その後は他の祭りと同じように、昔からの遊びやゲームなどを楽しんで、みんなで飲んだり食べたりします。
山崎 漁師の人たちは一年中漁に出ているでしょうから、なかなかみんなで集まる機会もなさそうですね。このクジラ祭りと旧正月のテトくらいですか?
ソン そうですね。でも漁師たちにとっては、テトよりクジラ祭りの方が大切なようです。
山崎 ええ?テトより、ですか?テトはベトナム人にとってこれ以上のものはないお休みかと思ってました。
ソン 大体そう言えますが、クジラ祭りは別格のようですね。祭りの2、3日前には、各漁船が海から戻って祭りの準備をするそうです。
山崎 ホーチミン市郊外にあるバンラック村の漁師(グエン・コン・ラム)の話です。
(テープ băng 1 10 phút)
「みんなクジラ祭りを待ち望んでいます。テトより楽しみです。クジラ祭りの日は、家族団欒の他に友人とゆっくり会える日なんです。漁に出ていると、漁師同士なかなか会えませんが、この日はみんなと会えるんです。」
山崎 クジラ祭りは、人々のつながりを強くしてくれるものなんですね。再び、バンラック村漁業協会副会長(ファン・ヴァン・チャン)の話です。
(テープ)
「昔から、この辺の人たちは、どこにいても何をしていても、クジラ祭りの日には必ず故郷へ戻って、祭りと家族団欒を楽しみます。その時には、クジラ様の恩と海での漁について、いろいろ話します。」
山崎 クジラ信仰。優しく大きく守ってもらえる感じで、漁師の人たちも心強いんじゃないでしょうか。ではおしまいに、一曲お送りしましょう。「~」です。
(曲)
「~」をお送りしました。今日のハノイ便りは、クジラ信仰についてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。