(VOVWORLD) -ハノイ市フースウエン(PhuXuyen)県ナムチエウ(NamTrieu)村を訪れて、復員軍人ラム・バン・バンさんの家を訪ねると、村人の誰もが知っています。というのは、バンさんは共同体に多大な貢献をしてきた人からです。
バンさん=新聞「DAN TOC」 |
1943年に生まれた「労働英雄」称号を持つ復員軍人のバンさんの家族は革命の伝統を持っています。バンさんを含む5人兄弟は、かつての抗仏闘争と抗米救国闘争の時期に、戦場に赴きました。バンさんは1965年に入隊しましたが、激しい戦争を経過し、そして、敵に捕えられ、投獄されました。1973年に、解放されました。
当時のことについて、バンさんは次のような思い出しを語っています。
(テープ)
「私は、南部の激しい戦場に何度も参戦しました。その度に、戦場で犠牲になった部隊の同僚の死を目撃しました。1968年のテト攻勢では、ベトナム解放軍はフエや、ダナン、サイゴンなど南ベトナムの大都市を同時に攻撃しました。私はサイゴン攻撃に参加して、負傷し、ビエンホア刑務所に投獄され、後に、フーコック刑務所に移送されました。4年8ヶ月7日間の投獄生活の間に、傷を負ったものの、解放されるまで全く治療を受けられませんでした。」
戦争は既に過ぎ、平穏な生活に戻ってきたバンさんは、いつも、戦争時代の記念の品々の模索を考えています。祖国防衛のために身を捧げた部隊の同僚の恩を報いるという気持ちを示したいからです。
バンさんは、彼の故郷に「敵に逮捕された革命戦士」という博物館の建設を提唱し、2006年10月11日に、2000平方メートル面積に及ぶこの博物館が正式に完成されました。バンさんは、今、館長を務めています。現在、博物館にある10の展示室の中に4000点の品々を展示されています。バンさんは、これらの品々を収集する為に、数十年間をかけて、国内各地を回りました。毎年、この博物館は数万人の観光客を迎え、若い世代への革命伝統の教育施設としての存在です。
博物館の副館長の話です。
(テープ)
「バンさんは重度の傷痍軍人ですが、いつも同僚部隊のことを考えています。彼は、自らの家族の敷地をこの博物館の建設予定地に自発的に献上しました。チュオン・タン・サン元国家主席は、13度にもわたって博物館を訪れましたよ。毎年7月27日の傷病軍人戦没者の日になると、数多くの観光客や復員軍人が博物館を訪問します。」
復員軍人のバンさんのお手本は、共同体に広がっています。かつてのフーコック刑務所に投獄されていた多くの復員軍人は、この博物館のボランティアとして申し込んでいます。館員一人の話です。
(テープ)
「館長のバンさんは、博物館の建設のために熱情をもってきました。以前、私はこの博物館を初めて見学したときに、革命戦士の高貴な犠牲に感服しました。それをきっかけに、博物館の館員になりたくなりました。国の独立事業のために身を捧げた英雄烈士の大きな功労を偲ぶ気持ちを示したいのです。」
バンさんは、戦争時代の遺物収集に夢中になっている傍ら、慈善活動にも積極的に参加しています。バンさんの話です。
(テープ)
「私たちは、戦没者の遺族など革命功労者のために、常にチャリティハウスの建設への募金運動を行っています。私たちの行動は、心のこもった気持ちで、英雄烈士の恩を偲びながら、若い世代に革命の熱情を伝えたいという目的です。私たちは、誰よりも先ず、「独立と自由ほど尊いものはない」というホーチミン主席の遺言を深く理解して、その行動を継続したいのです。」
これまでの業績を遂げてきたバンさんは、2014年に「首都ハノイの優秀な市民」という称号などを授与されました。また、2015年に国家主席から第3等労働勲章を受章しました。