(VOVWORLD) -かつてのディンビェンフー作戦の時に、ベトナム人民軍の兵士はこの峠を通って、ディンビェンの戦場に大砲を運びました。
西北地帯ソンラ省とディンビェン省を結ぶファデイン峠、いわゆる、ファデイン坂の長さは32キロで、国道6号線上にあり、ディンビェン省へ行く中心的な入り口となっています。
この峠の一番高い所は 海抜1648メートルで、一方は高い山、一方は深い谷底です。かつてのディンビェンフー作戦の時に、ベトナム人民軍の兵士はこの峠を通って、ディンビェンの戦場に大砲を運びました。
ソンラ省クェットタム地区10区に住む突撃部隊の元隊員であるグェン・バン・キさんは今年84歳ですが、ディンビェンフー作戦に参加した時の記憶は昔のまま残っています。
キさんは1953年10月、人民軍に入隊しました。ディンビェンフー作戦の準備が開始された1954年3月、キさんの小隊は敵軍の爆撃によりファデイン峠で作られた穴を埋めるという任務を担いました。
しかし、ある日、激しい空爆のため、小隊の隊員12人が徹夜をして、穴を埋め、作業をしましたが、なかなか埋まりませんでした。同時に、キさんの小隊は軍隊輸送局の局長ディン・ドゥク・ティン大佐が作戦状態の検査のため、この地区を通過するという知らせを受けました。
その時、キさんは兵士たちに対し、近くにある竹を使って、乗用車と人を肩に担い、爆弾の穴を通過させました。
一方、ソンラ省の省都ソンラ市にあるトゥヒェウ地区に住む突撃部隊の元隊員であるファム・バン・ミンさんは今もディンビェンフー作戦の思い出をはっきり記憶しています。
ミンさんは「普段、ディンビェンフー戦場に行くトラックは夜に運行されましたが、ある日、昼間なのに、トラックが戦場に行かなければならなくようになった。
そのため、ミンさんの大隊は敵軍がトラックを見えないように、森の木を使って、トラックを覆いました。ミンさんの話です。
(テープ)
「午後2,3時ぐらい、敵軍は爆弾を激しく投下しました。しかし、運良く、私達は無事に、任務を果たしました。」
今日、ファーディン峠を越える道は広い道路になりました。この道路は現在、西北部では最も美しい道路の一つとされています。かつて、ファーディン峠での戦いに参加したソンラ省住民の一人ロー・バン・チョン( Lo Van Chon) さんは次のように語りました。
(テープ)
「ファーディン峠に行く道路が改修されたおかげで、往来が楽になり、地元の人々の生活も改善されてきました。前の生活と比べて、現在の生活はだいぶよくなりました」
今日、ファーディン峠を訪れるとだれもが昔の熾烈を極めた戦場であったこの峠について、特別な気持ちが沸いてくることでしょう。