パリ協定・歴史の節目がいつまでも残る

(VOVWORLD) -この協定が締結された場所として、首都パリが選ばれました。パリで結ばれたことから、パリ協定と言われていますが、これに参加したベトナム代表団はフランスの友人から大きな支援を受けたのです。
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1973年1月27日、「ベトナム戦争を終結させ、平和を回復するための協定」が、パリ国際会議センターにおいて、ベトナム民主共和国、南ベトナム共和国臨時革命政府、アメリカ、ベトナム共和国の4者によって調印され、パリ和平協定が発効されたことはベトナムの歴史上意義深いだけでなく、国際関係史においても重要な節目を記すものです。

この協定の締結を目指す交渉にはフランス人を始め、平和を愛する世界友人の積極的な支援や支持を抜きに語ることはできません。

この協定が締結された場所として、首都パリが選ばれました。パリで、パリ協定に参加したベトナム代表団はフランス友人から大きな支援を受けたのです。

平和愛好者の強い支持

この歴史的出来事に関して、フランス人の歴史研究者アライン・グシオ さんは次のように語っています。

(テープ) 

「ベトナムにおける戦争を終結させ、平和を回復するための協定が締結された場所として、首都パリが選ばれたのは偶然ではありません。1966年に発表されたプノンペン宣言を始め、当時のフランス政権はベトナム戦争に関与したアメリカに対する明白な態度を示しました。フランス人は戦争を望みませんでした。フランス人は平和を愛好するからです」

当時、フランスではベトナム戦争に反対する友好協会52人が結成され、常に反戦運動を実施していたことはベトナムに対するフランス人の強い支持の表れです。

45年に、パリ協定の交渉団は5年間にわたり、イル=ド=フランス地域圏、ヴァル=ド=マルヌ県のコミューンであるショワジー=ル=ロワに滞在しました。現在、ここには交渉団が滞在した家屋が保存されています。また、ここには2013年、「パリ協定」という広場が建設されており、ベトナムとの友好のシンボルの場所と言えます。

45年前、ベトナム交渉団の食事を志願して用意した女性ジェニン・グイバンさんは次のように語りました。

(テープ) 

「当時、学校に務めていましたが、共産党は私に対し、『ベトナム交渉団に志願して手伝う気はないかて』といい、私は同意しました。交渉団のメンバーとの接触チャンスは多くありませんでしたが、これをきっかけにフランス共産党に入党し、フランス・ベトナム友好活動に参加し、今に至っています。」

ベトナム交渉団が滞在した家屋の安全にあたったピエ・グオガインさん夫妻は今もこの交渉団にかかわる思い出をはっきり覚えています。ピエ・グオガインさんの話です。

(テープ) 

「パリ協定に参加したベトナム交渉団の安全保障の任務を果たすことができ、嬉しく思っています。交渉団のメンバーが滞在する家屋は2棟の別荘の中央にあることから、警備を厳格にしなければなりませんでした。ここで私たちは親しみやすいベトナム人と出会いました。また、ベトナムの伝統的お正月を楽しみました。

歴史の跡がいつまでも残る

ベトナムにおける戦争を終結させ、平和を回復するためのパリ協定が締結されてから45年が経ち、ベトナム交渉団のメンバーと同じように、当時のフランス人友人の中には亡くなった人がいますが、彼らはいずれもベトナムとフランスとの友好関係の生き生きした証人となることでしょう。

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