ベトナムのHIV・AIDS防止対策に大きく貢献している岡 慎一先生へのインタビュー
(VOVWORLD) - 先ごろ、ベトナム保健省は、(NCGM)日本国立国際医療研究センター病院傘下の(ACC)エイズ治療・研究開発センターの岡 慎一名誉センター長に「国民健康貢献賞」を授与しました。
同賞は、ベトナムの保健医療分野において傑出した功績を残した国内外の専門家に送られるもので、岡 慎一名誉センター長の長きにわたるベトナムの医療分野、特にHIV/AIDS治療・予防の成績向上に寄与した活動を高く評価したものです。
チャン・バン・トゥアン保健次官から「国民健康貢献賞」をもらう岡慎一氏(右)
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岡 慎一氏は(AMED)日本医療開発機構とJICA国際協力機構が共同で実施する(SATREPS)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムの枠内で展開中のベトナムにおけるHIV感染防止プロジェクトのチーフアドバイザーとしてベトナム国立熱帯病病院とベトナム北部の10か所のHIV診療施設をつなぐHIV治療のモニタリングシステムの構築のほか、薬剤耐性HIVに関するベトナムの人材育成にも大きな貢献をしています。岡 慎一氏とベトナムとの協力の歴史は 2005 年にまでさかのぼり、これまで に数々の共同研究プロジェクトを通じ、ベトナムの HIV 診療、HIV 感染者への支援を実施しています。岡 慎一氏がベトナム保健省から「国民健康貢献賞」を受賞したことを機に、VOVベトナムの声放送局の記者ハー・リンさんが岡 慎一氏に伺いました。
記者:この前、保健省から「国民健康貢献賞」を授与されたそうですが、ご感想を教えていただけますでしょうか。
岡 慎一:大変光栄に思っています。最初にベトナムとの協力のためにハノイに来たのは2007年です。それから街並みも変わり、HIV/AIDSを取り巻く状況もおおきく変わりましたが、ベトナムの研究仲間たちと長きに渡り研究協力を続けることができ、それがこのように評価されたことは大変嬉しく思います。ただ、この賞は自分自身の力だけで成し得たものではなく、多くのベトナム側医療関係者、研究者のサポートによるものだと思っています。その意味で、今回の受賞はベトナムのHIV/AIDS対策に携わる人たちがチームとなって頂いたものだと思っています。
記者:現在JICA国際協力機構がベトナムにおけるHIV感染者の治療および感染予防のためのプロジェクトを実施していると聞いています。本プロジェクトのチーフアドバイザーとして、本プロジェクトの概要をご紹介いただけないでしょうか。
岡 慎一:このプロジェクトは、JICA(国際協力機構)とAMED(日本医療研究開発機構)による支援を受け、「SATREPS」(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development:科学技術協力)という枠組みで実施されるプロジェクトです。これは、国際共同研究を通じ、ベトナムの社会・経済が抱える問題の解決を目指す取り組みで、我々のプロジェクトはHIVの治療、予防に関することがテーマとなっています。プロジェクトには3つの大きな活動があり、それらは①ベトナムにおけるHIVの治療がきちんとなされていることをしっかりモニタリングすること、②HIV予防の新しいあり方として推進されているPrEP(曝露前予防内服)の効果が維持されているかを検証すること、そして③HIVワクチン開発に資するためのHIVに感染しない特殊な免疫反応を発見・解析することにあります。医学の発展により、HIVは薬をしっかり飲み続ければAIDSになることも、他人にうつすことも無い、ある種慢性疾患のような病気になってきています。それでも、新型コロナにも見られたようなウイルスの変異は脅威で、薬剤耐性があるHIVウイルスが出ていないか、それが予防法であるPrEPに影響していないかなど把握することで、治療や予防の失敗を防ぐことは大事です。
記者:近年AIDS感染防止におけるベトナムの努力と成果についてどのように評価されますか。また、現在AIDSに対する闘いでベトナムはどのような困難・チャレンジに直面しているでしょうか。
岡 慎一:ベトナムは、世界の中でも最も良好なHIV/AIDS治療成績を維持している国の一つです。現在は薬の供給も外国支援に頼らず、国の医療保険制度により対応するためのシステム移行が進んでおり、大変高く評価されるべきであると思います。ただ、若い人口を多く抱えるベトナムでは、MSM(男性同性愛者)間でのHIV流行の兆しが見られるなど、新たな課題にも直面しています。若い年代は人口移動も激しく、現在はハノイ、ホーチミンといった都市部に多いHIV感染者も他の地域に拡散する可能性があることも、今後のチャレンジであると考えます。
記者:ベトナムは2030年までにエイズ撲滅という目標があげられています。その目標を達成させるために、対策実施する際に何を留意したらよいかご教示お願いできますでしょうか。
岡 慎一:これまでの成功経験は継続すると共に、2030年までのエイズ撲滅を目指すため、現在プロジェクトでは、ベトナムの保健省に対して政策提言を検討しているところです。その中では、①切れ目ないHIV診療・ケアを達成できるよう、柔軟な制度改革を推進する、②新しいウイルス抑制薬で高い効果が期待できるDTGのさらなる普及と安定供給を促進する、③治療失敗時に薬剤耐性ウイルスがあるかどうかの遺伝子検査を保障する、④病院レベル間で生じているHIV診療・ケアの質に関する格差を是正する、⑤PrEPの質を高めることなどを提案しようと考えています。
記者:ベトナムが直面している困難な問題の一つは財政的自立です。岡先生、そしてACCはHIV/AIDSの感染防止効果を高めるためにベトナムとどのような研究協力や連携を行っていくのでしょうか?
岡 慎一:NCGM・ACCはベトナムと長きにわたる研究協力関係にあります。(NHTD)国立熱帯病病院とは15年以上にわたり研究を続けておりますし、現在プロジェクトを通じて、ハノイ医科大学とも共同研究を行う関係を築けました。また、2023年11月には保健省HIV/AIDS予防局と更なる協力に向けた覚書を結びました。これまで病院との協力覚書はありましたが、我々としてHIV/AIDSを担当する海外の政府部局と覚書を結ぶのは初めてのことです。現在実施中のJICA・SATREPSプロジェクトは2024年4月で終了しますが、今後はC型肝炎とHIVの重複感染など関連領域に研究対象を拡大し、更にベトナムとの協力を進めていきたいと思っています。新たな研究ではC型肝炎の新規感染や再感染の実態を調査する予定です。調査結果は、治療コストによる財政的負担を理解することに役立てられると考えます。
記者:どうもありがとうございました。